マチポンブログ

言葉は生き物ではなく、単なる道具だと思う。

旧字体とは?【レトロデザインのための近代日本語講座〈1〉】

はじめに

私はレトロデザインが好きです。

しかし、仮名遣いが「美しゐ」となっていたりして、もったいない、と思うことがあります。(当時も歴史的仮名遣いが厳格に用いられていたわけではありませんが、「美しゐ」と書く人はいないでしょう。)

そこで、トロデザインのために近代(明治~昭和初期)の日本語についてここにまとめることにしました

自分の勉強のためという意味もありますが、デザインの際の一助となれば幸いです。書いてみてから思いましたが、デザイン以外の時代考証にも有用かもしれませんし、単純に「旧字体」のことを知りたい人も読める記事になっています。

一気に書き上げるのは難しいと考え、少しずつ、連載のような形式で書き進めようと思います。

さて、最初のテーマの中心は「旧字体」です。

目次の表示/非表示

旧字体とは

旧字体(旧字)」をざっくり「古い文字」程度に捉えているひともいるかもしれませんが、それはちょっと違います

旧字体」とは特に漢字の形、同じ文字で「國-国」のような形状のバリエーションについていうものです。どちらも「コク・くに」などと読み、「國家」も「国家」も意味に違いはありません。漢字についていうものなので仮名の「いーゐ」のようなものには言いません(今後「仮名遣い」「変体仮名」などのテーマで書く予定です)。

旧字体」をどう説明しているのか、辞書を見てみましょう。

漢字の字体で、古くから用いられていた字体。特に、1949年(昭和24)内閣告示の「当用漢字字体表」で新たに定められた字体に対していう。(『大辞林4.0』漢数字を算用数字に改変。太字は筆者による)

第二次世界大戦中まで学校教育などで正しいものとしてきた字体。「者」を「者」、「状」を「狀」、「国」を「國」とするなど。(『新明解国語辞典』第八版)

特に妥当な説明をしていると思う(私見)辞書を挙げました。すこし考えれば分かりますが「字体」は「字体」ができて生まれた言葉で、戦前に使われていた漢字の字体(字体=漢字の骨格*1)を指す言葉です。

ここで注目したいのは、『新明解』の「正しいものとしてきた」という記述です。「使われていた」ではないわけです。どうしてでしょうか。(以下、一般的に「旧字体」とされている漢字字体を「旧字体」と呼びます)

戦前の漢字の形は多様すぎる

先ほどの問いに答えるとすると、「戦前の漢字の形は多様すぎる」ということが挙げられます。

現在、「国(國)」「円(圓)」「学(學)」などの新字体」が使われていますが、これらは基本的に戦前から使われていたもので、それを採用したにすぎません*2。現在は、「常用漢字表」という字体の拠り所がありますが、以前は確固たる拠り所はありませんでした

活字の状況

活字の状況を見たいと思います。一般的に戦前の明朝体活字は『康熙字典(中国清代につくられた字典)を基に作られていると言われていますが、下記の画像のように、明治20年の書籍で既に新字体と同じ形の活字が使われています。(ただし、これは滑稽本で他の媒体よりもこの手の略字が出やすいと思われます。)

明治期に見られる新字体と同形の活字

明治期~昭和初期の読売新聞を用いた調査(山下2016)では、「並(竝)」「間(閒)」「窃(竊)」のように、基本的に一貫して新字体と同形の活字が使われているものもあれば、「秘-祕」「耻-恥」のように、徐々に正字(右の字)の使用が増えるものもあることが分かっています。(もちろん、一貫していわゆる正字康熙字典的な字)を使うものもあります)おそらく、明治から昭和初期にかけて、新字体と同じような俗字の活字は徐々に減り、より正字的(康熙字典的)な字が志向されたのだろうと思われます。

つまり、明治~昭和にかけて変化もありますが、一般的に使われていた活字の字体は、「旧字体」とは異なるものが多くあったというわけです。

では、今いう旧字体」って何でしょうか?

漢和辞典がどんな字体を使っているか見てみたいと思います。明治期の漢和辞典『漢和大辞典』の字体を見てみると、例言(辞書の解説部分)と見出しで字体が異なったりしています。が、「規範的な形」が特に意識される「漢和辞典の見出し」のような場合は、今でいう「旧字体」と同じものが使われています。現在の旧字体」はこのような「規範的な形」を想定して言っていると思われます。ただ、統一されていないものもあり、それほど厳格ではなかったようです。(『康熙字典』でも戸の形にはバラツキがあるようです*3

明治期の漢和辞典の字体
現在の漢和辞典でも「旧字体」は一定ではない

ネットで「旧字体」と調べると一覧があったり、漢和辞典でも旧字体が掲載されていますが、前述のような「多様であった」という状況から少しずつ違いがあります。

漢和辞典などの「旧字体」の異なり

旧字体」という一覧を参考にする際は、実際に使われていた活字とは異なる可能性を考えておいた方がよいでしょう。

手書きの状況

ここまで活字について見てきました。ここからは手書きの字を見てゆきます。手書きは活字と違って、速く書くことが求められたり、活字よりも書道的な形が現れやすいということが考えられます。

まず、字を覚えるときの手順を考えると、学校で習った字を書く、ということが考えられます。そこで、先に教科書の字を見てみたいと思います。

前述のように「多様であった」のは教科書も例外ではありません。同時期の国語(読み方)の教科書と、書写(書き方)の教科書で形が違うことはままあります。

昭和初期の教科書に見られる字体の違い

「青」は書道的には「青」で書かれてきましたが、『康熙字典』は「靑」なのでの活字系統では「靑」のことが多いようです。

また、時期によって形が変わることもあり、教育を受けた時期によって使われる形の傾向が異なることも知られています(国立国語研究所1966)。

では、実際の手書きはどうだったのでしょうか。

谷崎潤一郎1886年(明治19)~1965年(昭和40))の『二人の稚児』(1918(大正7))の原稿(リンクは国立国会図書館デジタルコレクション)がデジタルで公開されているので、その中から現れる漢字をざっとまとめてみました。

『二人の稚児』に見る字体

いわゆる旧字体と同じものもあれば、現在の新字体と同じものもあれば、新字体とは異なる略字なども使われています。「等しく泡に等しい」なんかはかなり近くにありますが、違う形が使われています。

これは、名前なども例外ではなく、森鷗外が略字の「鴎」を使っていたり(大熊2009:319)、「森」の略字(轟ー軣と同様のもの)を使っていたりということもあります(署名*4

このように、現在では想像できないくらい、戦前の手書き文字は多様です。手書きの漢字は活字にないものが使われることもあり、活字よりも多様な形があったといってよいでしょう。

デザインの状況

「レトロデザイン」と冠しているからにはデザインも見ておきたいと思います。

デザインされた文字は人に見せるものですから、可読性も求められますし、手書きのように速く書く必要がないので、手書きとは異なる形になる可能性もありましょう。

大正期のデザインされた文字左資料リンク右資料リンク

実際のデザインされた文字を見てみると、恐ろしいほど多様な形が使われています。
「趣味の家庭(右)」「後(左)」の草書に始まり、「鹸(右)」「気(左)」のような略字、「図書(右)」のような、いわゆる旧字体を基にデザインされたものもあります。(草書などの「書体」については別に記事を書きたいです)

おそらく、デザインの文字は、手で書いて作るという特性から、手書きで一般的な略字・異体字が現れる一方で、多くに人に見せるという特性から、一定の規範性がある旧字体なども用いられたことと思います私見)。また、太い字を作る際は、省画の進んだ字体を使うこともあったでしょう。

まとめ

ここまで見てきたように、戦前の字体はかなり複雑です

戦前は旧字体を専用していたと思われがちですが、そんなことはありません。字体・書体などいろいろなものが使われており、用途や媒体によって使い分けるような、複層的な漢字の形に対する意識があったのだと思われます。

レトロと思って安易に旧字体を用いるのは、場合によっては当時の状況とは異なることになってしまう、ということを覚えておいてくださればと思います。

ご意見・ご感想いただければ幸いです。

Twitterhttps://twitter.com/sshokaki

次回の記事

shokaki.hatenablog.jp

どうやって調べる?

さて、ここまでいろいろ書きましたが、百聞は一見に如かず、実際の使用を見ることでわかってくることも多いと思います。

そこで、以下に実際にどのような漢字が使われているかを見るための参考資料を挙げています。できるだけ特に登録や料金が不要なものを挙げていますので、ぜひ利用してください。

明朝体や印刷の文字

神戸大学附属図書館の「新聞記事文庫」では明治末から昭和45年の新聞記事の切り抜きを無料で見ることができます。新聞のデータベースは朝日や読売のものもありますが、有料です。

他にも「リサーチ・ナビ」に新聞記事の調査方法が詳しく書かれています。

本記事で使用した『漢和大辞典』は、国立国会図書館も所蔵しており、デジタル資料を見ることができます。

手書きの文字

手書きの文字の様相は調べにくいですが、国立国会図書館の「あの人の直筆」で直筆の資料がまとめられています。資料へのリンクもあり、便利です。
また、リサーチ・ナビでも近代作家の手書き原稿がまとめられており、大変有用です。*5

また、当時「書き方」や「国語」で習われていた字も参考になるかもしれません。

広告などデザインの文字

新聞広告

新聞広告についてはいくつかデータベースがあるようです。

引札

江戸から大正期にかけての広告に「引札(ひきふだ)」と呼ばれるものがあります。早稲田大学図書館の「Web展覧会」でまとめられている他、九州産業大学図書館が所蔵する引札をかなり多く公開しています。

また、引札を集めた書籍も刊行されていますので、書店等でお探しください。

チラシ・広告など

チラシや広告などについては下記のものが見つかりました。また、『大正昭和レトロチラシ:商業デザインにみる大大阪』(橋爪節也2020、青幻舎)など多くの書籍が刊行されていますので、お探しください。個人的には『木箱ラベルの時代 :昭和のくだもの』(林健男2021、IBCパブリッシング)も好きです。

映画チラシについては、下記のサイトが見つかりました。

他にも「都城印刷」が多くのチラシを公開していました。

以前、「ごちゃまぜ歴史写真」というサイトがあり、多くの広告を公開していたのですが、アクセスできなくなってしまいました。「http://kyoto.cool.ne.jp/syasinsyuu/」から「http://syasinsyuu.sakura.ne.jp/」に移転した後、閉鎖したようです。

WAYBACK MACHINE」で過去のページが閲覧できたので、ここに示しておきます(残っていたことに感謝)。

その他、国立国会図書館のデジタル化資料で有用そうなものは、以下のものがありました。「広告界」という雑誌が有用そうでしたが、国立国会図書館は蔵書していない?ようです。国立国会図書館オンラインや、国立国会図書館デジタルコレクションで「図案集」や「広告 図案集」「商業 図案集」「ポスター」なんかで検索すると、いろいろ見つかります。

以下、見つけたものを参考に列挙しておきます。(個人送信限定のものもあります。)

国立国会図書館の「電子展示会 | 国立国会図書館-National Diet Library」も大変参考になります。その中でも、「本の万華鏡|国立国会図書館」ではテーマごとに資料が挙げられており、デザイン関係では「百貨店ある記」が参考になります。

ポスター*7

ポスターについて、「リサーチナビ」に詳しく書かれていました。

「2-2. ウェブ上で調べられる主なポスターのコレクション」でウェブ上で見られるものが挙げられています。

他にも参考になるサイトがあればお教えください。

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参考文献・使用文献

記事内で適宜示したものは省略しました。

*1:この考え方は「常用漢字表」などで示された一つの考え方で、これに依らない論もあります。

*2:国立国語研究所(1966)によると、以前はあまり使われていないものもあったようです。

*3:2023年3月6日追記

*4:名字に異体字が多いのも、この歴史を引き継いでいるものと思われます。当時は字体についてそれほど気にしていない人も多かったのでしょう。

*5:2023年3月4日追記

*6:2023年3月4日追記

*7:2023年3月6日追記